2016年9月5日月曜日

[タイから写真] 牛野家よりお送りいたします

このブログでも何度か言及していますが、私がタイに来たころは吉野家が第一回目にタイに進出して撤退した後で、当時タイで牛丼を食べようとしても日本食屋で食べるような牛丼、とゆうかすき焼き丼、とゆうか、つまり吉野家やすき家に代表されるような所謂ファストフードとしての牛丼が食べれなかったものです。

とは言え、そのころから伊勢丹などは健在であり、「タイにいたら日本食が恋しくなるでしょ」などと友人知人からよく言われたものですが、なんてことはない、逆に日本食で食べれないものなどはない、その頃から日本食はかなり充実していました。

話は元に戻って、唯一と言ってもいいほど恋しかったのが、牛丼。これだけは、どうしようもありませんでした。当時、この事情を知っていた日本からくるお客さんが吉野家のレトルトを持ってきて下さり(今でもあるかどうかは知りませんが)、涙が出るほど美味しかったのを思い出します。

そんな中、タニヤの裏に突如として現れた「牛野家」。見た目はもろ吉野家。てか、どんぶりとかは全く吉野家そのもの。とにかく私にとってはものすごいインパクトでした。当時は勿論、今あるすき家も吉野家の第二回目の進出もありません、MAXバリューなどもない時代。

相当通いましたね。いや、相当通いましたよ。

当時はタイ人がまだ牛肉を食べることに抵抗があった時代です。今でこそタイ人でもあまり抵抗なく牛肉を食べるようになりましたが、当時は「タイで牛肉やってもダメダメ」と言われてました。で、必ずのように引き合いに出されるのが吉野家の第一回目の撤退です。こうゆうように言う人は自分が吉野家の何者でもないので、吉野家の事情を何も知らないのにまるで自分が吉野家の第一回目の進出から撤退にすべて携わっていたかのように言います。「吉野家でも撤退したんだから、タイで牛肉はうまくいかないよ」と。

そんな雰囲気が蔓延していた中の牛野家の出店。味はかな~り、吉野家牛丼を再現したかのような牛丼。はじめはどこの企業もそうであるように、100点満点をキープしてでの出店ではありませんでした。その代表的であるのが紅しょうが。当時タイ人はもちろん、牛丼なんて食べに来ません。当時で言えば価格帯でも難しいところ。ランチに100バーツ強をかけるタイ人は今ほどいなかったのでそんな彼らにとっては高いです。となるとターゲットは日本人だったはずですが、日本人にとっては吉野家の偽物みたいなイメージ、これはもろ刃の剣なんですけど、そう捉える人もいなくはありません。それに、吉野家牛丼とかなり近いために、それを本家より質が落ちるとネガティブに感じるか、本家に似ていて美味しい!と感じるか、別れたと思います。私は言うまでもなく、後者の方でした。ともあれ、当時は回転率が悪かったのでしょう、紅しょうがの回転率も悪く、常に干からびていました。

私は紅しょうがのその干からび具合をも愛せるほど通っていたものですが、最近はすき家もでき、吉野家もまた再進出され、その他日本食も飽和状態でありますから、当時ほどは、とゆうか、最近はまず行くことはないんですが、たま~にきて紅しょうがが新鮮な状態にあるのを見ると嬉しい思いと、寂しい思いと、懐かしい思いと、と色んな感情がこみ上げてくるものです。


牛野家さん、あの時はありがとうございました☆ これからもちょくちょく食べにいきます^^






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